『楡家の人びと』のこと(20260926)
シルバーウィークで時間があったので、校務とはあまり関係のないことを書きます。
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読書好きの楽しみの一つは再読です。
特にこの歳になると、初読から何十年も経って、大きく印象が変わったり、「そういうことだったのか」と気づいたり、二度目なのにワクワクする体験を何度もしています。
逆に言うと、再読に足る「力」を持ったいわゆる名作・古典を、若いうちにどれだけ読んでいたかが資産になります。
『楡家の人びと』(北杜夫)を読んだのは、大学生の頃だったかもうちょっと後だったか。
もちろんストーリーや文体も面白かったのですが、個人的に家族構成や家業に共通点が多く、かなり引き込まれて読んだ記憶があります。
「楡(にれ)家」は、著者の実家である斎藤家をモデルに描かれています。楡家に養子として入り、帝国脳病院の二代目院長になった楡徹吉は、医師であり歌人でもある斎藤茂吉。その妻の楡龍子は斎藤輝子。夫妻の次男である楡周二は著者の北杜夫(本名は斎藤宗吉)にほぼ置き換えることができます。
本来、小説はテクストそのものが面白ければよいわけで、読んでいる最中はモデルなどどうでもいい話です。そういう背景を掘り下げるような批評や研究書がありますが、私はそういうものをあまり好みません。
ところが。
今回なんとなく気になって再読した(読書というのはそういうものだと思います)『楡家の人びと』で、帝国脳病院の移転先として、私が一昨年引っ越した現住所の近辺の地名が出てきました。初読の時はあまり縁のない地名でしたので、意識もしておらず覚えてもいません。
調べてみると、帝国脳病院のモデルである青山脳病院の現実の移転先が小説中と同じ場所で、その跡地には現在世田谷区保健センターが建っており、敷地内には茂吉の歌碑があるのです。
さらに、調べついでに読んでみた『母の影』(北杜夫)には、北杜夫の旧居も近くにあることが書かれています。彼の散歩コースは私もしばしば通りかかる道筋でした。
さらにさらに。
親族の集まりでたまたまこのネタを話しましたら、実家の母から、「宮尾先生は北杜夫のお姉さんの旦那さんで、斎藤輝子さんもしばしばお見かけした」と、ごく普通のことのように言われました。
「宮尾先生」というのは、私の実家の近くで開業医をされていて、もうお亡くなりになりましたが、私も子供の頃に何回か診ていただいたことがあります。私の祖父も戦時中は軍医として出征していて、近所の開業医同士ですので、ご家族ともども接点はあったようです。なんと。
検索すると宮尾先生にはご著書(『空母瑞鶴から新興丸まで ー海軍軍医日記抄ー』)もあり、古本屋で買えたので読んでみました。
書中に
「妻の弟、北杜夫はかねてより自家をモデルにした大河小説の構想を練っていた。ところが私と私の大学の級友でもある彼の叔父が陸軍軍医時代共に克明に日記をつけていたことをかぎつけていて、それを利用させろと言うわけである。」
「平凡な日記が作家の手腕で素晴らしく現実味を帯びた文章となってくるので、ううむ、うまく描きやがると、唸らざるを得ないのである。」
とあります。『楡家の人びと』には、楡龍子の長女藍子の初恋の人である城木達紀という若い軍医が出てきます。そのモデルが宮尾先生です。
小説家は、こうやって様々な材料を集め、人を観察しながら、「そのもの」ではなくある種の「イメージ」を描くのですね。なにしろ小説中では城木は戦死してしまいます。前掲書中にも「私と似て非なる人物城木達紀」という文言が出てきます。宮尾先生は死んだことにされて怒らなかったのかな。
見返しの著者近影を見ると、「あ、宮尾先生だ」と思いました。捻挫をして「骨は折れていないから大丈夫」と言われて包帯を巻いてもらった記憶があります。子供の頃の記憶というのは残っているものです。
そして先日、再来年のNHK連続テレビ小説で斎藤輝子を主人公とした「ほんのモキチ」(宮藤官九郎脚本)が制作されるというニュースが。
何かに「誘われた」読書だったように思えてなりません。
Appleの創業者スティーブ・ジョブズが、“Connecting the dots”ということを言っていました。
一見するとバラバラの知識や経験が、何かのきっかけで一気に繋がり、形になることがある、と。いくつもの点が思いもよらぬ繋がり方をして線になり、新しい絵になる。
しかしそのためには、「点を打っておく(かつ、覚えておく、身につけておく)」必要があります。
というわけで、最後は学校の先生らしい結論にしておきます。
私が夏休み前に生徒の皆さんにお話ししたことのフォローでもあります。
(本校図書室にもあります。)
